love game 2

時を戻して、オレがデートした日、そしてその日を
スルーしてその次の日。

「ヤベ、遅刻する、じゃ行ってくる」

玄関を突き破るようにして外に出るとやりすぎなほどの
陽光が目に飛び込む、薄めで前だけ見ながら駅まで
ノンストップで走った、駅前では黒瀬がソワソワしながら
待っていた。

「悪い」
「遅い」
「悪い」
「こんな事やってる場合じゃないって、早く!」

駆け込み乗車でなんとか電車に乗った、これから20分で
学校につく、前に座っている他校の生徒が黒瀬をチラチラ
見て何か話している、そんなに男は顔がメインなのだろうか。

学校につくと遅刻1分30秒前でセーフだった。

「なんだ、楽勝楽勝」

そういえば矢波と黒瀬がどうなったかは聞いたけど和冨と
河村がどうなったか聞いてなかった、あとで聞いてみよう。


今はちょうどあの日から4日目、つまり例の和冨の恋の
行方まであと3日。

チャイムと一斉にクラスメートが座った。


昼休みになると矢波がイキナリ消えた、黒瀬も何時の間にか
どこかに行った、残ったオレは和冨と河村に例の事を聞いて
みた、でも一人じゃあ聞きズらいなぁ・・・とも思った。


「オレはお友達から、だって、でも色々やってるよ、結構
 イイ感じかな、猫のおかげ」
「猫?」
「いやいや、なんでも」
「オレは・・・あともう少し・・・」
「どういう意味?」
「上手くいったら教えてやるよ」
「むぅ・・・」
「お前はどうなんだよ」
「え、オレは・・・」
「松崎くーん!」
「菜葉じゃん、お前もしかして」
「そ、じゃオレ行くから、じゃね」
「アイツも上玉をGETしたな」
「黒瀬は白川だろ?やっぱ黒瀬はスゲェよ」
「うんうん」


二人の姿が妙に寂しそうに見える。


菜葉と二人で屋上に出た、オレは高いトコロが好きだ、
なんだって見える、風もキモチいい、菜葉がコッチを
見て笑った、今なら空だって飛べるだろう、きっと
飛べるだろう。


「街が綺麗、ココから見たらこんな綺麗なのに、
 なんで街に出たら汚く見えちゃうんだろう」
「うん・・・」

寒い、でも寒さが新鮮で、キモチがイイ、空気がイイとは
言えない、また菜葉が意味も無く笑う、オレも微笑み返す、
そのやり取りが言いようの無い幸せに感じる。


「寒いな、戻るかな」
「そだね」


風が背にあたる、チャイムが響き出した、それはまるで
今までの憂鬱な毎日をぶち壊すような、爽快なメロディ
にも聞えた、菜葉の手が暖かかった、オレは少し強く
手を握った、欲張りな感じで手を握った。


例の日から1週間がたった。


あの猫には「コク」という名前がついた、「コク」は
河村はモチロンだが次第に茶木にも慣れ、周りの環境
にも慣れていった。


「ホントありがとね、コクも幸せだろうなぁ」
「あたしからもありがと、母さんとかも和むとか、言ってた」


河村は申し訳なさそうに微笑むとすっくと立ちあがった。


「じゃ、そろそろオレ帰るね」
「うん、じゃあまた明日」

そして今日のメイン、和冨の恋の行方。


「1週間も待たせちゃってゴメンね」
「いいよ、というかオレがムリ言って・・・ごめん」
「で、返事なんだけど、OKです」
「ホント?」


潟川はハズかしそうにコクリとうなずいた。


「でも、こんなアタシだから、きっとイヤになっちゃうよ?」
「なんでそんな自信が無いのさ」
「・・・わからない、気付いたら自分に自信が持てなく・・・
 和冨君、本当にありがとう、アタナのおかげで少し自信が
 持てた」
「こっちこそありがとうだよ」


和冨が笑うと潟川はほんの少し微笑んだ、和冨にはソレが
嬉しかった。


あれから1ヶ月がたった、4組のカップルはそれぞれの
スピードで進展していった。


そして未だに失恋中の河村の話。


「コクー」
「大きくなったよね、コク」
「ね」
「むしろ太ってきちゃってるくらい」
「うん」
「運動してるの?」
「多分してない、外にもあんまでないし」


実際一番親身で仲の良い二人、で言えばこの二人がソレ
なのだろう。


「ねぇ河村くん、今あたしが付き合おうって言ったらどうする?」
「今はどうでもいいよ、それよか付き合うとかそういうの無くても
 イイかな、今で十分ソレっぽいし、付き合うとかで考えが複雑
 になったりしたらややこしいしね」
「あたしもそう思ったの、でもあたし今河村君の事好きだよ、
 友達としても、そういう意味でも、色んな意味でね」
「うん、オレも」


コクは二人を不思議そうに見ている、二人はそれを見て微笑む、
何も無いけどそれが二人には幸せだった、それが二人にとって
一番幸せだった。


「お兄ちゃんご飯」
「うん」
「さっきから何のゲームやってるの?」
「矢波に貸してもらったやつ」
「矢波君てあのテンション高い?」
「そう、テンションの高い、あ、そういえば・・・
 さっき友達の女の子から電話きてたよ」
「何て名前?ってお兄ちゃんご飯」
「笹木っての、先行ってて、オレ後で行く」


画面上でバカみたいなカッコをした男二人が戦っている、
高校になってもこうゲームにハマってるってのが少し
哀しい。
オレはキリのイイトコで電源を切って飯へと向かった。


「あれ、春奈は?」
「電話だって」
「あ、そう」


ハンバーグ、オレの大好物、ちなみにキライなのはきゅうり。


しばらくすると春奈が戻ってきた、親父はまだ仕事から
帰ってきていない、まぁいつもの事だ。


「ごちそうさま」


オレはまた部屋に戻ってゲームの電源をつけた、一言で言うと
暇でしょうがないのだ。


しばらくすると廊下から足音がしてドアが開く音がした。


「お兄ちゃん、あんね、私の友達、あれ、前病院で会ったじゃない、
 あの子達で今度カラオケ行くんだけど、お兄ちゃんもどう?」
「は?」
「あの中の子が、黒瀬君に一目ボレしちゃって、どうしても一緒に
 遊びたいんだって、だからお願い!つれてきて」
「明日黒瀬に聞いてみるわ」
「うん、お願いね」
「あいあい」


妹とは二つ違い、言ってなかったと思うけどオレは二年生、2-1、
つまり妹は中3って事。


「あ、黒瀬ぇ」
「ん?」
「ちょいちょい」
「何さ」
「カラオケ行かない?」
「いいけど」
「う~ん・・・」
「何さ、変だ」
「いやぁ・・・何でも」

実際オレが行きたくなかった、というか黒瀬にも説明しなくちゃ
なぁ・・・と思うと正直メンドイ。


「あんさ、そのカラオケ妹+その友達も一緒なんだ、いい?」
「え・・・いいけど」
「じゃ頼むわ、詳細は後で」
「おう」


友達が一目ボレとか言ってたけど黒瀬には白川さんがいる、
その事春奈に言っておいた方が良かったのだろうか。

家に帰ると春奈が飛んできた。


「えっとね、今度の日曜の12時に駅前のカラオケ屋、
 というか黒瀬君に言った?」
「うん、イイって」
「じゃ来てねェ」
「何、一緒に行くんじゃないの?」
「私友達と一緒に行くもん」
「あ、そう」


あぁ~、何かメンドイなぁ・・・何で引き受けちゃったんだろう。


当日、駅前には黒瀬とオレと妹とその友達が立っていた、
友達は前病院にいた中から二人と他に男子二人女子1人
がいた。
病院にいた奴の一人が黒瀬の事をチラチラ見ている、
男子二人はオレ達を少し恐れているような素振だ、別に
そんな気ないのにな。


「じゃ行こうか」
「うん」


の言葉を最後に皆無口になった、オレは小声で黒瀬に話しかけた。


「なんか重いな」
「うん、なんかなぁ・・・」


カラオケ屋にこれまた無口で入っていった。
オレ達は二階の角の部屋に案内された、こう皆無口だと最初に歌う
のはとてもじゃないがムリだ、矢波とかと行った時だって苦しいのに。
と思っていると妹を含む女子達が曲をいれた、男子共は隅の方で
小さくなっている、こうみるとまぁかわいいモンだ、まぁもし
オレがアイツらくらいの年でこういう状況だったらこうなっていたに
違いない、と色々考えていると黒瀬が小突いてきた。


「どうすんの?というか何時間くらいいるつもりだろう」
「何もわかんないよ、というか悪いな、呼んで」
「いや・・・うん」


黒瀬とオレはコソコソと苦笑した、と同時にメロディが流れ出した、
そしてさっき黒瀬をチラチラ見ていた子と他の病院にいた子が
歌い出した、ウマくもヘタでもない。


「お兄ちゃん何か歌わない?」
「いやイイよ、そこの男の子にでも歌ってもらえば?というか
 そこの子達誰?」(モチロン小声
「私のクラスメート、本郷君と御凪君」
「そう」
「ねぇ本郷君、御凪君、何か歌わないの?」
「え・・・いやイイよ、ハズかしいし」
「えー」
「後でね」


一曲が終わってさっきが初対面の女の子が歌い出す、春奈が
マイクをとると途中で歌い出した、春奈は歌が本当に上手い。


「あの、お兄さんですか?」
「え、そうだけど」
「似てるから」


御凪とやらが話しかけてきた、本郷とやらは隅でやりずらそうな
顔をしている。
話は続くのかと思ったけどそのまま御凪はまた隅に戻った。


「松崎歌わない?」
「二人で?」
「うん、何がイイ?」
「勝手にいれて、オレ歌える歌知ってるだろ?」
「わかった」


病院にいた子で黒瀬をチラチラ見てた方じゃない子がオレの隣に
きて話かけてきた。


「あそこの御凪君て男子、春奈の彼氏なんですよ」
「え、そうなんだ、へぇ」


春奈に彼氏がいたとは、驚きだ、まぁ兄バカなのかもしれないが
顔はイイ方だと思うから当たり前かとも思う。
隣では黒瀬が例の子に話しかけられている。
しばらくすると黒瀬がいれたであろう曲が流れてきた。
オレはマイクを春奈から借りると黒瀬と同時に歌い出した。
皆はオレを歌がウマイという、母さんも父さんも上手いから多分
歌の上手い家系なのだろうと思う。


「春奈のお兄ちゃん上手くない?それに隣のカッコイイ人も」
「うん、それより御凪君も歌ってよ」
「わかった、本郷何にする?選んで」


とまぁこういった雰囲気でギコチナイパーティーは続いた。


「バイバーイ」
「じゃあね」


やっとこの憂鬱な時間が終わった。
すごい開放感に思える。


「じゃあ帰ろうかぁ、お兄ちゃん」
「友達と帰んないのか?」
「皆 真っ直ぐ帰るの、だから」
「ふぅん、あ、じゃあな黒瀬」
「おう、じゃ」


皆駅前でそれぞれの方向に別れていった。


「さっきいた男子の、御凪君て・・・」
「何?」
「彼氏なんだって?春奈の」
「え!?なんで、誰に聞いたの?」
「誰に聞いたのって言われてもな、名前知らないし、
 で、ホントなの?」
「もーーーーー!」


春奈はそのまま走って家に帰ってしまった。


「寒・・・オレも走ろうかな」


頭が痛くなってきた、この頃なんだか妙に頭が痛くなる。


家に帰ってすぐに寝た、頭の痛さはひいていた。
菜葉の夢を見た。


頭が痛い
頭が痛い

何かが変だ。


「母さん・・・頭痛いんだけど」
「頭痛薬そこに入ってるわよ」
「いや、そういうんじゃなくて、変な感じ」
「病院行くかい?」
「いいかも、というか今日は休むわ、そんで1週間くらい
 様子見てから病院行こう、だから土日かな」
「自分で学校に連絡とるのよ」
「うん」


3時頃までずっと頭をかかえながら本を読んだりしていた。
チャイムが鳴って母がオレを呼んだ。


「大丈夫か?」
「黒瀬、それと河村、というか大丈夫じゃない、死ぬかも」
「大げさ、というか頭痛で休むなよ」
「そんなレベルじゃないんだって」
「くぎをさされてる、って感じ?」
「そう、それ」
「明日も休むの?」
「どうしようかな、痛かったら・・・うん」
「じゃあお大事に」
「もう帰るのかよ」
「暇じゃないんでね」
「それに、外で菜葉さんが待ってるしね」
「は?」
「じゃあね」


窓から外を見ると菜葉がオレに気付いて手を振ってきた。


「待ってて」
「うん」


下に走っていってドアをあけた。


「どうぞ」
「おじゃまします」
「きたんなら一緒に入ってよ」
「だって、頭大丈夫なの?」
「ん?ああ大丈夫大丈夫」


菜葉の顔を見たら痛みが無意識に少しひいていた。



「なぁ菜葉ぁ・・・オレさ、勘なんだけど
 死ぬかもしれないな・・・頭が死ぬほど
 痛いからとかじゃなくて・・・変な感じ
 なんだよな・・・」
「考えすぎだよ、案外人ってそうそう死ぬ
 モノじゃないよ・・・多分」
「そうかな、オレさ、前まで・・・死んで
 も別にいいかな、って思ってた、モチロン
 何かが辛いから自殺しよう、とかじゃない
 よ、ただ、死んでも別にいいかな・・・って」
「うん、あたしもわかるよ」
「でも今は違うな、死にたくない、菜葉が
 いるから、オレ今幸せだから・・・」
「うん・・・?ハズかしい事言わないでよ」
「ゴメン」
「じゃあたし帰ろうかな」
「じゃあね」
「松崎君は死なないよ、だってあたしがいる
 じゃない?」
「そうだね・・・」


風が・・強い、風の音が、心に響く。
多分、オレは死ぬ、そういうのは、きっとわかるもの
なのだろう。


次の週の月曜に例のゲームのプレイヤー全員
で家にやってきた。
オレは説明しなくてはならない、昨日、病院
へ行っての、結果を、正直、オレもまだ信じ
きれていないのだが、それでも説明しなくては
いけないだろう・・・だって・・・。


「どうした、大丈夫かぁ?1週間も休んでよ」
「・・・」
「どうしたよ」
「暗ぇなぁ・・・」
「・・・オレ」
「・・・?」
「もう皆と会えない」
「・・・?どういう事だよ?」
「・・・・・」


全員数分後に落ちた顔で帰っていった、そして、前の
時と同じように菜葉が玄関先に立っていた、菜葉に、
菜葉に説明するのが一番辛い・・・。
なんせアイツらだって・・・この態度だ・・・。


「バカ言うんじゃねェよ、冗談だろ?」
「んなバカみたいな冗談つかねェよ」
「だってよ、ありえないだろ、お前の言ってるソレは」
「ああ、オレだって信じきれてないんだよ!」
「オレ達今日は帰るよ、それと菜葉さんが前に来てたぞ」
「・・・」


菜葉は心配そうな顔で微笑んでいた。


「で どうなの?」
「うん・・・それについて話さなきゃな」
「病気だったの?」
「・・・死なないけど、もう菜葉には会えないかもしれない」
「どうして?」
「すぐに手術すれば治るんだって、今日はホントムリ言って
 こうやってここにいるんだけど、それで・・・何から
 話せばいいんだろ、ゴメンな、昨日から混乱してて」
「うん」


オレは菜葉の顔を少しの間見て口を開いた。


「もし、助かったとしても、オレの今までの記憶が飛ぶらしい
 んだ、つまり記憶喪失になるって事かな、80%以上でね」
「え・・・?冗談でしょ?」
「冗談じゃない、だからもう今のオレ自信は死んじまうって
 事だな・・・」
「・・・言わないでよ」
「?え?」
「悪い冗談言わないでよ!そんなのあるわけないじゃない!」
「・・・」
「何で黙っちゃうの?嘘なんでしょ?嘘って言ってよ、冗談
 キツいよ・・・」
「・・・」
「・・・もう帰る・・・」


孤独に取り残されて・・・心が痛くなった、菜葉が
遠ざかっていく。
いいのだろうか・・・?このままで・・・
追いかけなきゃ、追いかけなきゃ。

オレは勢い良く立つと急いで玄関を飛び出した。
走れば追いつく・・・まだ追いつく。

菜葉は近くの川原の大きな木の下で川を眺めて座っていた、
近づくと泣いているのがわかった・・・。


「菜葉、聞いて」
「松崎君・・・」
「続きがある、一つはさっきも言ったように80%の確立で
 そうなるって事、それに可能性は少ないけどしばらくして
 急にか段々か、記憶が戻る事があるんだって」
「・・・聞きたくないよぅ・・・松崎君、お願い、帰ってきて」
「・・・わかってる、オレは絶対菜葉のトコに戻ってくる、
 何年たってでも、絶対に記憶を取り戻して帰ってくる、
 だからそれまで、待っててくれな・・・」
「・・・うん・・・うん・・・」
「それがいつになるかわからないから、二人だけの目印・・・
 決めておこうか、前さ、映画見に行った時にペンダント
 買ったじゃない」
「コレ?」
「そう」
「それを、こうやって・・・」


辺りに金属と金属がぶつかる音がした。


「音を鳴らそう、これが二人の目印だ・・・」
「うん・・・忘れない」
「オレも・・・忘れても菜葉の事忘れないよ、じゃあオレ・・・」


菜葉がオレの肩に手をやった、菜葉の唇がオレの唇に触れた。


「・・・泣くなよ、泣かないでくれ」
「ムリだよ」


「菜葉・・・さっきの言葉、訂正していいかな、やっぱり
 オレの事忘れてくれ・・・いない人待ってても、いい事
 無い・・・」
「ダメ、私はあなたを忘れない」


降りかえると涙でグシャグシャの顔で笑ってる菜葉がいた、
きっと、菜葉の顔には今、同じような顔したオレが映って
るんだろう。


「菜葉、ありがとな、さよなら」
「さよならは言わないで、言っちゃダメだよ」
「・・・うん、じゃあね」


踏まれた草に
青い空
白くてゆっくりな雲


ペンダント



すべてオレ達につながってる、一つの風景。



「黒瀬君、何かあったの?暗い顔して」
「・・・」
「黒瀬君?」
「え、ああ、うん、何?」
「どうしたの?」
「いや・・・うん、ちょっと哀しいだけ」
「・・・そう」
「うん、なぁ、少しの間、こっち見ないでくれな」
「うん」


今頃アイツの手術が始まってるだろう、もう会えない
かもしれないなんて・・・なぁ、信じられるか?
小さい頃から一緒にいたアイツが・・・オレの事
忘れちまうなんて・・・哀しいよ。



「和冨君今日は何か暗い顔してるね」
「そう?」
「何かあった?」
「友達がね・・・」
「どうかしたの?」
「病気で手術して記憶全部飛んじゃうみたいなんだ」
「どういう事?」
「つまり記憶喪失だね、オレの事忘れちゃうんだ」
「その人に、会ってこなくてもいいの?最後だよ?」
「・・・まだ、間に合うかな」



最後に一度、もう一度会う約束をしなくちゃ、ダメかな。



「なぁ茶木、オレちょっと、行かなくちゃなんない」
「どこに?」
「友達のトコ」
「そういえば今日、ゲームの日だったよね」
「・・・そういえばそうだな」


矢波は立ちあがると走ってドコかへ行った。




「な~んか今日の河村君変だなぁ」
「何が?」
「重いというか」
「・・・そうだ、一つコクについて話てない事があったんだ、
 聞いてくれる?」
「うん、話して」
「最初にコクを拾った奴の話、そいつ猫アレルギーでね、
 学校の茂みの中で猫見つけたはいいけど全然近づけないから
 オレに面倒見てくれ、って前のオレみたいだな、オレに
 頼んできたんだ」
「誰?」
「松崎って奴・・・そいつがね、今、消えちゃいそうなんだ」
「どういう意味?」
「病気で死ぬか記憶喪失になるかしかないんだって、その
 手術が今日だから」
「変だったんだ」
「そう」
「コクの本当の命の恩人かもな」
「行ってあげなくていいの?」
「もう遅いよ・・・」
「遅くても、いいじゃない」
「・・・・・・オレ、行くわ」
「行ってらっしゃい」
「コクもソイツ助かるように祈ってろよ」



コクがニャァと鳴いた。
河村が外に出ると近くに黒瀬の姿があった。


「河村」
「矢波と和冨、呼びに行かんくちゃね」


河村の携帯からメロディが流れた。


「矢波からだ・・・はい」
『オレ、今すぐに学校の前にこれないか?』
「う~ん、あと1分でつくかな、今近くに黒瀬もいるよ」
『急いでくれな』
「わかってるよ」


「矢波、何て?」
「学校前にって」
「そう、走るか」
「うん」


温かくて冷たい、微妙な風が二人を吹いた、コクが鳴いた。


1分後


「アイツのいる病院ってドコなの?」
「近いよ、オレ一回アイツの妹の見舞いで
 行った事ある」
「もう手術始まっちゃってんのかなぁ」
「わかんない、けど早めの方がイイだろ、急ぐぞ」



「お兄ちゃぁん・・・」
「泣くなって」
「だって・・・御凪君、ぐすっ」



黒瀬の目に病院が飛び込んできた。


「そこ!」


御凪がゆっくり立ちあがる。


「オレジュースでも買ってこようか」
「うん」


黒瀬達が病院に一歩一歩近づいていた、
あと10秒たらずで到着する。


矢波が勢い良くドアを開けた、中にいた患者の
視線が集まる。



「あ・・・れ、あれって前の」


御凪の目と黒瀬の目があった。
御凪が駆け寄る。


「春奈さんのお兄さんの友達ですか?」
「あ、うん、アイツ、今どうなってんの?」
「まだ病室です、あと何分かで手術に向かうそうで」
「話せるのか?」
「頭痛がひどいそうですが、まぁ大丈夫だと」
「案内してくれる?」
「あ、はい」



病室のドアが勢い良く開いた。


「松崎!」
「・・・お前ら、何しに?」
「一応少し離れるんだ、お別れをな」
「少しって、そんな確率低いんだよ、というかどうして
 ここがわかったんだ?」
「病院は近いからここにきて、病室は前に会った御凪君
 って奴から聞いた、今は外にいんのかな?」
「ああ、あと10分くらいでさよならだな、それまで色々
 話そう」
「まぁ今更話す事も少ないけどな」
「そういえば菜葉さんは?」
「ああ、多分、こないかな」
「言ったのか?」
「言った」
「・・・そうか」
「河村、猫、まだ生きてるのか?」
「ああ、生きてるよ」
「そう・・・良かった」
「今度見にこいよな」
「ああ、できたらそうするよ」
「そうだ、今日はゲームの日なんだよ、何かしようぜ」
「何」
「そうだな、今日は特別に、松崎が記憶を取り戻したら
 勝ちってのは?」
「なんだよそれ、ますますゲームじゃねぇよ」
「それにオレ達かてねェじゃん」
「だから特別だよ、特別だから掛け金無しな」
「それならいいよ、今月の出費が浮く」
「でもな松崎、お前負けたらただじゃおかないからな」
「わかってるよ・・・そろそろかな」
「じゃあまた会おう」
「健闘を祈るよ」
「はは」
「じゃあまた」
「ああ」


バタン・・・。


「今は誰にも入って欲しくないな・・・こんな様見せらんない」


ドアの小さな隙間から、風が吹きこんだ
カーテンが靡いた、誰もいない部屋で。


風の吹きぬける川原。
黒い猫の親子が道を通る、老人や子供、色々な
人が道を通る、その中に河村と茶木の夫婦も
いた、1年前に式をあげたのだ。


「ほら、コク、タマ、ポチ戻って来い」
「呼んでも来ないわよ、遠くにも行かないんだし
 いいじゃない」


コクは1年ほど前に子を産んでいた。




菜葉は五年前のあの場所で小さな声で歌を歌いながら
しゃがんでいた。
風が吹いて菜葉の髪を靡かせる。



「あれ?あれって菜葉さんじゃない?」
「またいるんだ」



菜葉にタマとポチが近づく、菜葉は微笑んでポチをなでる。



「こんにちは」
「・・・河村君・・・でしたっけ?それに茶木さん」
「うんうん、菜葉さんよくココにいますよね」
「うん、気に入っちゃってね」
「・・・菜葉さん、あれから一度でもアイツに会ってきた?」
「ううん、会えるって聞いたんだけど・・・まだ一度も」
「前の記憶は忘れてるけど今は今で違うアイツとして面白いよ」
「でも、勇気がなくて、そういえば他の方々はどうなった
 んですか?」
「ああ、オレ達は結婚して、和冨って奴は別れちゃったみたい、
 矢波って奴はオレ達と一緒で結婚したみたい、黒瀬って奴は
 まだ付き合ってるみたいだよ」
「そうなんですか」
「あ、じゃあオレはそろそろ」
「はい、じゃあまた」



黒い猫の親子が夫婦の後に続いて歩き始めた。



「菜葉さん、あの場所で松崎君を待ってるんじゃないかしら」
「そうかもね、哀しそうな顔してた」



黒い猫が近くを歩く男に近づいた。



「あ・・・れ、お前?」





「菜葉!」






「松崎・・・」
「松崎君?」




辺りにペンダントの音が響いた。
風が止んだ。




「お待たせ」
「おかえりなさい」


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